研究内容

= 分野長挨拶 =

中島友紀            Tomoki Nakashima, Ph.D.    
中島友紀            Tomoki Nakashima, Ph.D.    

 平成28年度3月より、東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科分子情報伝達学分野の分野長(教授)に就任致しました。当分子情報伝達学は、前任の高柳広先生東京大学大学院医学系研究科 免疫学教授 )による骨免疫学 (Osteoimmunology)と呼ばれる新規学際領域の開拓によって、独自性の高い新たな概念を発信して来ました。私は2006年にウイーンの Institute of Molecular Biotechnology  (IMBA) の Josef Penninger研究室から高柳先生が主宰していた本研究室に移籍し、マウスジェネティクスを用いた生体レベルでの骨生物学の研究に従事してきました(Nature Japan)

 

Penninger教授と高柳教授
Penninger教授と高柳教授

 骨は、破壊と形成の絶妙なバランスによって動的な恒常性を保ちながら、常に生まれ変わっている臓器です。この再構築(リモデリング)は、破骨細胞が古くなった骨を壊すことで一連のプロセスが始まり、骨芽細胞により新しい骨が充填されていきます。骨に埋没した骨細胞は、神経細胞様の細胞突起によって骨内の骨細胞同士だけでは無く、骨表面の破骨細胞や骨芽細胞とも密接にコンタクトしていることが知られています。この細胞間ネットワークが、力学的刺激やホルモン・サイトカインなどの感受・応答を可能にし、骨の恒常性を制御していると考えられています。そして、このバランスが破綻することで様々な骨疾患に繋がることが、近年、明らかになってきました。

 本研究室では、骨を構成する細胞とその細胞間ネットワークの制御機構を、遺伝子改変マウスなどを用いて生体レベルで明らかにすることで、骨の動的な恒常性維持機構と破綻メカニズムを理解し、革新的な治療戦略の確立を目標に研究に取り組んでいます。

 また、2009年〜2013年9月(独)科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業ERATO高柳オステオネットワークプロジェクトのグループリーダーを兼任し、骨を中心とした全身性制御メカニズムの解明を目指した研究プロジェクトにも参画(ERATO HP)しました。2013年10月からは(独)科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推事業(さきがけ代表研究者)に採択され、2015年12月からはAMED-CRESTの研究開発代表者として研究を推進しています。

= 研究の詳細 =

1)    骨リモデリングの制御機構の解明 

 骨は豊富なサイトカインや成長因子を含む細胞外基質(骨基質)と骨構成細胞(骨芽細胞、破骨細胞、骨細胞)から成っており、骨構成細胞による骨リモデリングと呼ばれる再構築によって、常に古い骨が取り除かれ、新生骨に置き換えられることで、その強靭さを保っています。しかし、これまで、どの様に破骨細胞が骨破壊を誘導し、骨リモデリングを開始するのかは良く分かっていませんでした。我々は、骨構成細胞の90%の数を占めるにもかかわらず、硬組織という特殊な環境に埋没し単離することが難しく、その細胞特性や機能について不明な点が多い骨細胞に注目し、その単離培養法を確立しました(医科歯科プレス)。そして、骨細胞が破骨細胞分化因子RANKLを強力に発現し破骨細胞を分化誘導すること、また、骨細胞特異的なRANKL欠損マウスの作成により、生体レベルで骨リモデリングの開始が骨細胞によって制御されていることを明らかにしました(Nat Med 2011)この知見は、骨細胞と破骨細胞の細胞間ネットワークにより、骨リモデリングが制御されていることを実証した報告であり、これまでの骨代謝学の概念を一新する研究成果として、国内外で注目されています(論説記事:Nat Rev Endco, Nat Rev Rheumatol朝日新聞など各社)

Sema3A治療写真
Sema3A治療写真

 さらに、我々は、骨生物学の研究領域に積極的に新たな研究手法を積極的に取り入れ、骨形成系細胞(骨細胞、骨芽細胞)を大量培養することで得られる培養上清から質量分析法を駆使し、新規の骨保護分子として Semaphorin3Aを同定しました (Nature 2012)。この分子は骨破壊を抑制し骨形成を促進する極めて稀な骨保護作用を有し骨を丈夫にする分子であることが遺伝子改変マウスの解析から明らかになり、骨再生や骨粗鬆症への治療効果も実証されています(JSTプレス)。

文科省プレスリリース         左から中島、高柳教授、林
文科省プレスリリース         左から中島、高柳教授、林

この報告もまた、骨代謝学の発展と骨疾患制圧の足掛かりに成り得る業績として、国際的に注目されています(論説記事:Nature News and Views, 朝日、読売新聞など)

 老化に伴い骨量が減り強度が弱くなる一方で、骨内では顕著な脂肪髄になっていきます。骨芽細胞や脂肪細胞は、同一の間葉系細胞を由来とし分化することが知られていますが、その制御機構は良く分かっていませんでした。我々は頭蓋冠由来の間葉系細胞を用いたトランスクリプトーム解析から、骨芽細胞への分化促進と脂肪細胞への分化抑制機能を持つ転写因子Mafを同定し、老齢マウスや遺伝子改変マウスの解析から、加齢に伴うMafの発現低下が骨芽細胞と脂肪細胞の運命を決定していることを明らかにしました(J Clin Invest 2010)

現在、我々は、骨リモデリングを制御する新たな分子の発見に向け、最新の分子生物学を駆使し研究を展開しています。

2)    骨による多臓器制御機構の解明

骨はこれまで、様々な臓器や細胞が産生するホルモンやサイトカインなどの因子により、制御される受動的な臓器であると考えられてきました。しかし、最近、骨芽細胞の産生分子オステオカルシンが、全身のエネルギー代謝に関与し、糖尿病などのメタボリック症候群に影響を与えることや、精巣に作用し生殖機能に影響を与えていることが見出されています。さらに骨細胞が産生するFGF-23が、腎臓や腸管に作用し全身のミネラル代謝を制御することや、心肥大に直接関係することも明らかになってきました。これらの知見からも分かるように、骨は運動器官の単なる一員でなく、遠隔制御因子の産生臓器として機能し、生命システムの連環機構において能動的な役割を担っていることが窺えます。今後、骨による多臓器制御のシステムを明らかにすることが、生命科学を理解する上でも大きな意味を持つと考えられます。しかし、骨は硬組織という特殊な環境にある臓器であり、骨を構成する細胞の骨産生因子の同定、さらに骨と多臓器の連環制御の全貌は、いまだ不明な点が多いのが現状です

 現在、我々は、骨を構成する細胞のトランスクリプトームやプロテオーム解析から、多臓器を制御する新たな分子の同定に取り組み、骨を発信源とした生命システムの解明を試みています。

3)    破骨細胞分化機構の解析  

 破骨細胞は、単球/マクロファージ系の前駆細胞を由来とし、RANKLの刺激を受け分化誘導されます。2002年に破骨細胞分化におけるトランスクリプトーム解析から、高柳先生によって破骨細胞分化のマスター転写因子NFATc1が同定され、受容体RANKからNFATc1へ至るシグナルの研究が、世界中で活性化されました。我々も、アダプター分子であるGab2が、RANKに結合することで破骨細胞の分化シグナルを伝達していることを遺伝子欠損マウスの解析から明らかにしました (Nat Med2005)。さらに、高柳先生によって構築された破骨細胞分化の網羅的な遺伝子発現データベースから、破骨細胞分化を制御するITIM含有 NKレセプターLy49Q(Biochem Biophys Res Commun 2010)の同定や、NFATc1が制御する破骨細胞分化の脱抑制転写因子Blimp1を発見し、生体レベルでその重要性を明らかにしています(Proc Natl Acad Sci USA 2010)。また、破骨細胞の異常な活性化は、関節リウマチや骨粗鬆症の様な病的骨破壊の病因となるため、破骨細胞の寿命は厳密に制御されています。細胞死を司る遺伝子群のトランスクリプトーム解析から、破骨細胞の生存に関係する分子を同定し、遺伝子欠損マウスの解析から破骨細胞の寿命に関与する遺伝子を見出しています(Biochem Biophys Res Commun 2011)

 破骨細胞は、単核の破骨前駆細胞から細胞融合により多核の破骨細胞へと分化し、骨を破壊する機能を持ちます。この複雑な分化機構をNFATc1がどの様な遺伝子を制御し支配しているかは、いまだ不明な点が多いのが現状です。我々はトランスクリプトームやプロテオーム解析など最新の解析ディバイスを用いて、新たな機能的遺伝子を同定し遺伝子改変マウスを作成することで、生体レベルで破骨細胞の制御機構を明らかにする試みに取り組んでいます。

4)    多機能性サイトカインRANKLの機能解析 

 RANKLは、破骨細胞分化やリンパ節の形成に必須な分子として同定されましたが、現在では、免疫細胞の制御、乳腺の成熟や癌化、さらには体温調節など、様々な生命システムにおいてに重要な役割を担うことが明らかになってきました。我々は、細胞の表面に膜型タンパク質として発現するRANKLが、炎症性サイトカインにより可溶型へと変換されること、そして、その可溶化切断部位を明らかにしました(Biochem Biophys Res Commun 2000)。この報告は、関節リウマチ等の炎症性骨破壊疾患における破骨細胞の活性化や延命、遊走能を制御する重要な知見として、多くの科学論文に引用されています。さらに、我々は、破骨細胞分化受容体RANKが、乳癌患者の原発巣に強く発現することを見出し、骨に発現するRANKLが癌の骨転移を誘発することを、癌転移モデルマウスを用いて実証しています(Nature 2006)

この研究業績は、長年不明であった癌の骨転移メカニズムの解明した重要な報告であり、 2010年には欧米において抗ヒトRANKL中和抗体が、癌骨転移と骨粗鬆症の治療薬剤として発売されました。また、我が国でも癌骨転移  (2012)、骨粗鬆症(2013)の治療に適応認可されています。本抗体治療法を開発する上で重要な分子基盤を提示したこの研究は、癌の骨転移の治療に新たな光をあてたものと言えます  (朝日新聞など)